アトリエ・カンテレ設計ノート

 

アトリエ・カンテレのための設計ノート

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2012930

 アトリエ・アンプレックス

 南 泰裕

 

 

 

 

 

1、設計のスタートとしてのキーワード

 

 

 

アトリエ・カンテレの設計をさせていただいた、南と申します。今日は、設計の際に私が考えていたことを、そのプロセスに沿いながら、お話させていただければと思います。

 

設計のスタートは、2010年の半ば頃でした。平井さんご夫妻から設計のお話を頂きまして、まず最初に平井さんご夫妻のご自邸にお邪魔し、現在の住まいに対するご意見と、新しいお住まいおよびアトリエに関するご意向やご要望を伺うことから始まりました。どの建築を設計するときもそうなのですが、まずはお住まいになる方やお使いになる方の思いやライフスタイル、希望や将来の住まい方などを、細かくヒアリングし、繰り返し吟味するところから、設計を進めていきます。

 

そうしたプロセスの中で、平井さんご夫妻との打ち合わせで出てきたキーワードは、下記のようなものでした。

 

 

 

音楽室、書斎、広間、光、音、風、緑、響き、集合と離れ、なつかしい感じ、大地にしっかり建つ建築、空地、空、小さな劇場、ホスピタリティ、コンサート、取り囲む形式、ランドマーク、スパイラル、治癒の空間、歓談と歓待、日当り、静けさと賑やかさ・・・

 

 

 

こうした言葉をひとつひとつ、受け止めて混ぜ合わせ、蒸留させていくのが、設計における最初の重要な作業になります。例えばミキサーのなかにいろいろな食材を入れて混ぜ合わせ、新しく芳醇なジュースを生み出すように、あるいは時間をかけてワインを醸成させていくように、言葉のイメージを連ねて行く過程で、次第に、求めている空間の原型が浮かび上がってきます。

 

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2、「知覚のテクスチュア」という問題

 

 

 

ここで少し話が逸れるのですが、建築の設計を通して、設計者は何を創りだそうとしているのか、という問題があります。

 

第一義的には、もちろん、お住まいになる方やお使いになる方のご要望に即して、それらのご希望をできる限り実現させるお手伝いをしている、ということになります。が、さらにその先で何かを考えるとしたら、どうでしょうか。

 

僕はそれについて、「さまざまな知覚の組み合わせを通して、新しい感覚を呼び覚ますような空間を生み出し、それによって住まい手/使い手の意識を覚醒させ、豊かにする」ということなのではないかと思っています。

 

それを私は、少し難しい言い方になりますが、「知覚のテクスチュア」と呼んでいます。

 

テクスチュア(texture)というのは肌理(きめ)や質感や素材感といったものを指す言葉です。また、知覚というのはよく知られるように、ふつうは「視覚、触覚、聴覚、味覚、嗅覚」という五感を指しています。

 

 

 

けれども、人間の感覚というのは、本当は、こうしてはっきりとした図式的な形で、知覚を切り分けられるものではないんですね。もっと曖昧で微妙で複雑なものです。それぞれの要素としてはっきりと切り分けられない、微妙なものの折り重なりによって、成立しているものだと言えます。

 

聴覚と視覚が同時に作用しながら、何か新しい感覚を呼び覚ますこともあれば、もっと複雑にいろいろな感覚が入り交じった形で、人びとの感覚や感情に訴えかけて新しい次元を切り開く場合もあります。そのあり方は、だから、無限の様態と可能性を持っている、と言えます。

 

知覚というのは、だから、そうした微妙なあやの上に成立しているものであって、例えばそうした状態を、エルンスト・マッハという学者は、「感覚要素一元論」と名付けていました。

 

マッハは19世紀末から20世紀初頭にかけて、主としてウィーンで活躍した哲学者・科学者です。彼は、様々な感覚がないまぜとなった、人間の知覚というものの複雑で精妙な次元を、こうした言葉で表現しようとしたんですね。

 

 

 

それに関連して、もうひとつの学説をご紹介したいと思います。フランスの数学者であるアンリ・ポアンカレが、『科学と仮説』という書物の中で、空間には二つの種類があると述べています。ポアンカレが述べているのは、次の二つです。

 

 

 

・幾何学的空間〜数値化される、計測可能な空間

 

・表象的空間〜人間が経験する、感覚としての空間

 

 

 

ポアンカレの定義は厳密には、これらをこのように単純化できない側面を持っています。が、ここで注目したいのは、いわゆる数字や量で測れる客観的な空間と、人が感じる気配や雰囲気や居心地の良さと言った感覚的な空間は、異なっている、ということですね。

 

これは歴史的にも、繰り返し問題にされて来ている問題でもあります。建築の空間を考えた場合、もちろん実際に設計を進めて、それを現実化するには、寸法という数字や、素材の決定や量の確定は重要です。が、さらにその先の、先ほどお伝えした「知覚のテクスチュア」という次元が、より重要となってくるのではないかと思うわけです。

 

つまり、ポアンカレが定義づけていた、幾何学的空間と表象的空間の両方が、建築においては重要である、と言えるのではないかと思います。

 

 

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3、キューブの積み重なり、感覚の呼び覚まし

 

 

 

平井さんご夫妻のアトリエ・カンテレを設計させていただく際には、そうした「知覚のテクスチュア」をいかに豊かな形で生み出すか、ということが絶えず頭にありました。ここでは、「小さな劇場」としての音楽室が、立体的に回りを取り囲み、人々の声や視線、光や気配といったものを寄せ集めて、自然と魅力的な場が形成されることを意図しました。

 

平面的にもそうですし、立体的にもスキップフロア(中2階のあるような、床の高さがいろいろある空間)にして、階段やブリッジなどからも吹き抜けを介して、ホールと視覚的につながる空間としました。

 

また、光についても、出窓や高窓、障子や格子戸などを通して、柔らかい光が様々な形で空間を満たすことを意図しました。それによって、明るすぎず、暗すぎず、まぶしすぎず、自然光をほどよく内部に取り入れながら、じんわりと明るさが染み通っていくような気配の創出を考慮しています。

 

さらに風についても、東西・南北方向の風の通り道に加えて、上下方向での風の流れも検討し、自然換気による風の通り道を複数、計画しておきました。

 

平面的には、隣地との境界部分に納戸や水廻り、押し入れなどを配し、外部との壁をダブルウォールの形にして、遮音性を確保するように意図してあります。また、吹き抜け回りはブリッジを介して回遊性を持たせるようにしており、それによって「小さな劇場」としての空間的な特徴を、より活かせるように考えました。

 

ここでは、単に大きな空間を部屋に分割するというのではなく、ある特徴をもったキューブ(立方体)が立体的に積み重なって関連づけられながら、全体を構成する、という手法を取りました。

 

そうした考えの積み重なりの先で、音と光、風といった様々な環境の要素が呼応し合い、新しい感覚を呼び覚ますことを目指したわけです。

 

 

 

このアトリエを設計させていただく際にイメージとして頭にあったのは、例えばリートフェルトの「シュレーダー邸」やルドルフ・シンドラーの「シンドラー自邸」、土浦亀城の「土浦邸」、あるいは北欧の建築家であるアルヴァ・アアルトの一連の住宅建築などです。

 

いずれも、単に抽象的な幾何学の延長として建築空間があるのではなく、素材を含めた非常に細やかな設計の先で、独特の空間の気配を生み出してきた人たちです。

 

「知覚のテクスチュア」と言った場合に、そこで新しい感覚の呼び覚ましを、なぜ求めようとしているのかと言いますと、大げさに言えば、それが人間にとって、日々の生きる糧へとつながる、と思うからです。つまり、これまで体験したことのなかった、新しい「知覚のテクスチュア」に出会うことで、日々の「生きる力」のようなものを、人々が感覚するきっかけになるのではないか、と僕は思っています。これは、言い換えると、建築が「治癒としての空間」でもある、ということなのではないかと思います。

 

豊かな空間に身を置いて、そこから新しい感覚の呼び覚ましを体験し続けること。それが、人々の身体を癒し、心をほぐして、いろいろな意味で人間を自然に治癒し、ありのままに状態へと解放してゆく可能性があるのではないか、と考えています。


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撮影:鳥村鋼一

 

南 泰裕 設計事務所

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